独自の視点で読み解く㉗
企業と人の良き伴走者になる
「チームばんそう株式会社」
銀行での経営コンサルティング経験を生かし、東京から広島に移住して起業した溝渕隆裕さん。企業の顧問業の傍ら、社会貢献事業として地域の人が自由に利用できるシェアキッチン「とりのすBird’s nest」を運営しています。コンサルとシェアキッチンという、一見すると結び付かないような事業展開の理由、自身も創業者の1人だからこそ、後に続く人に伝えられるリアルなアドバイスなどを、移住の経緯と共に伺いました。
チームばんそう株式会社 溝渕隆裕さん
東京都出身。早稲田大学 政治経済学部を卒業後、千葉銀行に入行。主に顧問先の経営コンサルティング業務に従事。2024年3月に広島市に移住し、チームばんそう株式会社を設立。社員数10〜100名程度の組織がある会社の収益改善および事業承継、後継社長のフォローを得意とする。同年11月に「とりのすBird's nest」をオープン。顧問業とシェアキッチン&イベントスペース運営を両立し、広島の活性化に尽力している。日本大学生産工学部の事業継承者・企業家育成プログラムで、実務家講師として組織論を担当。
https://torinosu.site/
https://www.instagram.com/torinosu.birdsnest/
地域の店づくりをゼロイチから支援
- 記者 まずは、東京から広島に移住された経緯を教えてください。
- 溝渕さん 広島は妻の出身地です。義父の死や義母の病気を受けて、夫婦で「これからの人生をどこで過ごすか」を真剣に話しはじめました。東京で暮らし続けるか、かねてより妻が希望していた「定年後は広島にUターン」を前倒しにするか考える中で、妻の親戚が所有する土地を家族の拠点にできるめどが立ち、思い切って移り住みました。
ちなみに、私の方の親戚は商売をやっている人や商社マンが多いのですが、年1回の親族会に60人が集まるくらいつながりが深いんです。同じように、子どもたちには実家の近くで家族・親族を大事にする関係を築いてほしいという思いもありました。
- 記者 東京での生活環境の変化も移住に影響しましたか?
- 溝渕さん そうですね、東京の不動産価格の高騰も理由の1つです。向こうではマンション住まいでしたが、都心部への人口集中や再開発を背景に、価格が異常に跳ね上がっていました。普通のサラリーマンではまともに住めないくらいです。それに合わせて、子どもの学習環境もマネーゲームのようになってきて少し気がかりでした。もっと無理のない環境で、のびのび子育てしたいとの思いが移住の後押しになりました。
- 記者 広島で顧問業を柱に起業したきっかけは?
- 溝渕さん 大学卒業後、銀行に入行して長く経営コンサルティングに携わってきたからです。コンサルタントというのは、企業が抱える課題や悩みを客観視して、社内の人に「気づき」を与え、成長を促す仕事です。つまり企業の伴走者になること。これが「チームばんそう」という法人名に込められています。同時にこの伴走者は「人」にも必要で、そばで適切な助言をしてくれる存在がいれば、ゴールできることが多いんじゃないかと思ったんです。
- 記者 それが、シェアキッチンの運営につながるんですね。
- 溝渕さん そうなんです。「起業に興味があるけれど決心できない」という人をターゲットに、敷居が低い実践の場を提供したくて「とりのすBird’s nest」をオープンしました。カフェやお菓子屋さんなどの開業を目指す人や、ハンドメイド作家として独立したい方などに、1日単位でフロアをレンタルし、必要に応じて創業の具体的なアドバイスや創業後のサポート、支援機関の紹介などを行っています。
- 記者 採算度外視の活動だと伺いました。
- 溝渕さん 利用料をかなり安くしていることもあって、正直この事業で利益は出ていません。完全に社会貢献活動の一環です。でも、私自身の老後の人的関係を築くことにもつながっているんです。今後、広島に根付いていろんな人と楽しく関わりながら暮らしていくために、ナショナルブランドではない地域密着のローカルな店をゼロイチから支援し、ご縁の輪を広げていきたいと考えたんです。
計画性と覚悟がチャンスを呼び寄せる

シェアキッチンは、広島市西区観音町の平和大通りに面した建物2階にある
- 記者 シェアキッチンを利用されて、実際に独立された方はおられますか?
- 溝渕さん オープンから1年間で115名の方に使っていただき、そのうち2名が自分の店を持たれました。独立した方の共通点は計画性があること。開業資金を地道に用意していたり、従来の仕事をしながらホテルの厨房でアルバイトをし、大量調理の練習をしたりと、常に先のことを考えて動かれていました。
将来的に独立を考える方とは必ず最初に面談をするのですが、全ての人に「やってみましょう!」とは言わないんです。むしろ「やめた方がいいですよ」と厳しい言い方をすることもあります。
- 記者 その判断基準は何ですか?
- 溝渕さん 2点あります。1点目は数字に強いかどうかです。お店をオープンしたいという思いばかりが強くて、原価計算をはじめとした数字に向き合うことから逃げている方が多い印象です。高価な材料を使っておいしい商品を作っても、原価率が5割だと商売としてほぼほぼ成り立ちません。お客さまに喜んでもらえたとしても、自分の生活を削って喜んでもらっている状態です。お客さまもそんなことは望んでないはずなんですよね。それらを実体験として学ぶためにも、シェアキッチンの利用料は独立時の固定費くらいに設定しています。まずはその利用料内で、利益と人件費が出せる仕組みを考えてみる。成果を残せれば、そのデータをもとに金融公庫に提出する融資資料なども作成できます。創業するには、自分自身の生活も、事業も継続していけるような計画性や、努力し続ける覚悟が必要なんです。
- 記者 大前提として、続けられることが大切ですね。もう一つは何ですか?
- 溝渕さん 2点目の判断基準は、感謝の姿勢と謙虚さの有無です。独立開業となると、さまざまな方の支えがないと事業は回りません。やってもらって当たり前ですとか、自分にとって都合のいいことしか耳に入ってこない方は、たとえ独立開業できたとしても、周りの協力者を不幸にしかねないですし、どんどん離れていってしまいます。また、思いが強いことは素晴らしいことだと思いますが、当初良かれと思っていたことが市場にマッチしなくて修正を求められることもあります。謙虚な気持ちで他者から学ぶ姿勢も、事業を成功させるためには不可欠です。
目先の目標達成ではなく、長期的戦略を
- 記者 先輩起業家として、後に続く方に伝えたいことは?
- 溝渕さん やはり数字をきちんと学ぶことが第一です。いきなり「決算書を見ましょう」というレベルではなく、普通に家計管理ができているなら大丈夫です。それと、戦略を考えて前に進む姿勢も大事です。「自分の店を持つ」という目先の目標にとらわれがちな人が多いのですが、それはゴールではありません。その先どうなりたいか、成功するには何が必要かを考えて次に進む。そうすると、具体的に取り組むことや目標数字なども見えるようになります。
- 記者 創業するにあたって、何も知識がない人はどうすべきですか?
- 溝渕さん 専門の機関に相談するのが良いと思います。移住し創業した私自身の経験として、とても心強かったのは「ひろしま創業サポートセンター」です。常駐のスタッフの方が親身に対応してくださいました。補助金を申請したいなら「広島商工会議所」が、経営のあらゆる悩み相談に応じてくれる「よろず支援拠点」も助けになると思います。実は私が連携体制をとっている機関もあります。「どうしたらいいか分からない」と悩まずに、まずはどこかの門をたたいてみることです。
- 記者 なかなか軌道に乗らず、挫折しそうな時のアドバイスはありますか。
- 溝渕さん そんな時のためにも、仲間をつくっておくことが大事です。私も周りに相談できる人や、話を聞いてくれる人がいたから結論を出せたことがあります。今、AIがすごい勢いで発展していますが、人とのつながりは唯一残ると思うんです。だからこそ、対話力をはじめとしたコミュニケーションスキルは、これから起業する人にも絶対に必要です。自分のことを説明したり、相手の話に耳を傾けたりする機会は日常的にありますから。
支援事業に多角的に関わっていきたい
- 記者 創業支援関連の新たなサービスなど検討されていますか?
- 溝渕さん 実はもう始まっているものがあります。広島で起業して以来、いろんな方との出会いに恵まれ、店舗用厨房の設計・施工を手がける会社の社長さんとも知り合いました。そういう会社は居抜き物件の情報がすごく早いんです。そこで、当社の事業とのコラボを提案しました。自分の飲食店を持ちたいという人向けに、厨房付き物件の紹介をはじめ、キッチンや内装工事の案内、立地の助言などをするサービスです。
私もシェアキッチンを始める時に、飲食の許可が下りる物件探しに一番苦労しました。少しでも、同じ悩みを抱える人の力になれればと思っています。
- 記者 今後の活動についてお聞かせください。
- 溝渕さん シェアキッチン「とりのすBird’s nest」の事業は、この1年、インターンのスタッフに全体的な管理・運用などを指導してきて「任せられる」という手ごたえを得ています。今後はスタッフ中心で運営していく予定です。ゼロイチのチャレンジの敷居を下げ、広島で羽ばたく人を増やしていく、そんな「とりのす」を目指しています。
私自身は、2025年度、広島商工会議所青年部で政策提言委員会に所属していました。検討テーマは広島の人口転出超過です。私の妻も、広島県から転出して戻ってきていますので、委員会を通じて何か力になれたらと思い参加しました。今後については、広島商工会議所青年部は広島市を中心とした組織ですので、広島県へと活動を広げていきたいです。
そして、本業の経営コンサルティングにもさらに力を入れます。現在、東京の他、広島でも数件のクライアントに契約をいただいていますが、広島に根差していろいろな企業の成長をサポートしていきたいですね。
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